ふじさきぐうまえ

 

くろかみまち  
 
 熊本市側の終点にあたる駅。藤崎宮鳥居を正面に見据え、反対側の広町S字カーブに所在。
現在は展望浴場とレストランを最上階に、一階にはパチンコ屋、展望エレベータで立体駐車場を利用できる立派な駅ビルになっています。

現在の藤崎宮前駅ビル

旧藤崎宮前駅
(熊本電鉄80周年記念史より)

ベビーカーと共に家族連れが降車
自転車・ベビーカー無料持込サービスは9:00〜15:30の間(雨天・混雑時除く)

無人改札口
ワンマンなので、整理券をお取りください。

藤崎宮前駅ホームに入線中の6000系
以前あった側線は既に撤去されている。
(※相互リンク「ひろかずの部屋」ひろかずさんより提供)
投稿:SAVAGE様 駅舎側1番線から発着するのが基本運用でした。 70年代中期の夕方ラッシュ時の運用は1番線に3両並んでいました。 奥に木造客車2両、菊池側に電車1両という構成で、乗車可能なのは電車とそれに付随する客車1両のみ。最後尾の客車は次の電車の増結用でした。 藤崎宮前駅を2両編成で出発した電車は泗水駅まで2両でやってきます。 泗水駅で後ろの客車を切り離し、電車単行で菊池まで走っていました。 運転席から制御できるのは電車のみなので、3両編成で入線してくるときはけっこうたいへんだったんではないのかなと想像できます。
藤崎宮前駅での客車の回送をどうやっていたのかはわかりません。
似たような運用は今でもJRでやっています。 朝一番の豊肥本線下り普通列車は豪華に熊本駅改札前の1番線から出る上に堂々の5両編成ですね。次々に車両を切り離しながら豊後竹田まで行くようです。
投稿:ワキ山本様

(↑ワキ山本氏S45〜S50記憶による配線図↑)
投稿:POTE/細井敏幸様

小田急301:旧藤崎宮前駅にて
1966年11月25日 中野昭氏撮影(掲載許可申請中)
投稿:れいんぼー様

東急203:旧藤崎宮前駅にて
(1970/8月 れいんぼー様 撮影投稿)
投稿:shika様

静鉄501+502:旧藤崎宮前駅にて
(1985/12月 shika様 撮影投稿)

58付随車:旧藤崎宮前駅にて
(1957年3月21日 湯口徹様 撮影提供)

投稿:布原安芸様

54:旧藤崎宮前駅にて
(1975年12月27日 布原安芸様 撮影)

 藤崎宮前駅から黒髪町駅まで見所満載!!!
沢山の踏切を通過し、一般道路と喧嘩するような並走を見せます。まず出発してすぐ踏切〜民家の軒先〜また踏切〜軒先・・・
進軍テントの作業場をかすめるように縫うように縫うように・・・清満湯(銭湯)の女風呂側をかすめて・・・立町通りを横断・・・赤鳥居神社の裏をつきぬけます。ちなみに、この境内の床下で”と〜まる”(手製の泥まんじゅう)を寝かせてました。横の原っぱ(今はあるかどうか・・・)を抜ける頃から、一般道路との凄まじい並走が始まります。どこまでが道路か?線路か?人の家か???境界線がとてもアバウトです。酒屋さんの店先の前をすぐ線路が横切り、また道路・・・。民家の玄関前に軽自動車が停めてあって、電車の運転手さんが徐行運転をしていた光景を覚えてます。かなり凄いシーンです。都心部では考えられません。


進軍テント前より旧藤崎宮前駅方向
(1985/12月 shika様 撮影投稿)

 

6000系運転台より併用軌道を望む
(駐車中の車と歩行者が怖い・・・)

5100系電車 通称青ガエル 東急電鉄出身
自転車のおばちゃん警笛鳴らされるの図
 必由館高校(旧市立高校)正門をかすめて、竜南中学の裏門を横切り、正門前踏切を通過してラーメン屋ターザン(以前は立町通りに所在)を抜けると黒髪町駅に到着!!!何事もなくてよかったネの瞬間です。尚、この駅の利用客のほとんどが竜南中学と市立高校の生徒でした。言うまでもありませんが「きくち電車」は快適安全で、とっても楽しい電車です。

併用軌道スペシャルはココ
併用軌道スペシャル


併用軌道を走る200系電車:元南海電鉄
(shika様 撮影投稿)

投稿:錦之介様 昔、九州女学院の前の坂を下りた先、今は電鉄バスの車庫になっているところは電車の車庫でした。
龍南中学と必由館高校(旧市立高校)の間、ちょうど一般道の横を線路が通っている辺りから分岐して黒髪の方に引き込み線がありました。3号線バイパスが通る30年以上前の事です。当時私は黒髪町坪井(現1丁目)に住んでいて引き込み線を父が乗った電車が通ると踏切で止まってもらい弁当を手渡しした記憶があります。


昭和25年頃の室園車庫・旧室園駅
(熊本電鉄80周年記念史より)

投稿:SAVAGE様 錦之介さんが書かれておられる電鉄車庫はかつての「室園」駅跡です。 70周年記念乗車券に付属していた路線図では載っていました。 この路線図では菊池から別れて鹿本町来民までの予定線も描かれていました。 来民線が完成していれば鹿本鉄道と連絡して城北地区の鉄道路線図も変わっていたかもしれませんね。 もっと大昔に来民線が開通していれば国鉄が買い上げて、現状JR九州バスの肥後大津〜菊池〜山鹿線が鉄道になっていたかも???

202と103:藤崎宮前駅にて
(1953年頃 薬師小屋様 撮影投稿)

202と103:藤崎宮前駅にて
(1953年頃 薬師小屋様 撮影投稿)

モハ56:旧室園駅にて
(1957年3月21日 湯口徹様 撮影提供)


T12.8電動客車モハ1〜S17.5番変 モハ55〜S32.4改客車ホハ58…と思われる:旧室園駅にて
(1957年3月21日 湯口徹様 撮影提供)

藤崎宮前駅 開業日 : 1913/8/26

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