きくち電車の歴史

1908年(明治41年)2月13日

郡内産業の発展の為には、隈府町(現菊池市)と熊本市を結ぶ鉄道が必要であることを提唱し満場の拍手で賛意を得た。菊池軌道計画のスタートは「菊池郡収繭一万石突破祝賀会」の二次会の席であった。

(電鉄80周年記念史より)


藤崎宮前駅の軽便鉄道機関車(大正8年)
(電鉄80周年記念史より)

1909年(明治42年)3月3日 免許 池田(上熊本)〜隈府
1909年11月20日:門司〜鹿児島間鉄道全線開通
同年 8月15日 菊池軌道株式会社設立
1911年(明治44年)10月1日 開業 池田(上熊本)〜北千反畑町(広町) 2.41km
軌間914mmの蒸気動力による軌道線
1913年(大正2年)3月15日 開業 高江〜隈府 8.85km
1914年7月28日:第一次世界大戦
同年 8月2日 開業 広町〜高江 15.13km
全線開通時の停留所(駅)
隈府(菊池)〜深川〜広瀬〜花房〜富〜高江〜辻久保〜大池〜御代志〜黒石〜須屋〜
堀川〜亀井〜室園〜立町〜広町(藤崎宮前)〜内坪井〜射場坂(本妙寺)〜池田(上熊本)


立町駅構内(大正3年8月)
(電鉄80周年記念史より)

1919年(大正8年)12月13日 免許 隈府〜山鹿
1922年(大正11年)4月 着工 隈府〜山鹿
1923年(大正12年)8月2日 改軌と電化(600V) 上熊本〜室園 「914mm」→「1067mm」:熊本県下初の電車
1923年9月1日:関東大震災
1923年10月1日:熊本電気軌道の田崎〜百貫石間開通
同年 8月31日 改軌と電化 室園〜隈府
1924年(大正13年)4月1日 改称 菊池電気軌道


(電鉄80周年記念史より)

1928年(昭和3年)7月11日 複線化 上熊本〜藤崎宮前
1927年5月25日:川尻電車全通
1927年12月30日:日本初の地下鉄・上野〜浅草間開通
1928年12月2日:豊肥線開通
同年 8月11日 鉄道省貨車直通運転開始
1941年(昭和16年)12月16日 票券閉塞式をタブレット閉塞式に変更
1941年12月8日:太平洋戦争
1942年(昭和17年)4月1日 藤崎宮前〜隈府間軌道を地方鉄道に変更認可
同年 4月8日 改称 菊池電気鉄道
同年 5月1日 地方鉄道による運輸開始 藤崎宮前〜隈府 23.6km
同年 11月15日 免許 上熊本〜室園
1945年7月1日:空襲により電鉄本社社屋・電車車庫・室園変電所・電車11両・貨車8両ほか焼失
1945年8月15日:終戦
1947年(昭和22年)12月28日 路線変更 堀川〜須屋
1948年(昭和23年)1月1日 改称 熊本電気鉄道
1948年8月12日:私鉄経営者協会発足(のちの日本民営鉄道協会)


池田停留所(上熊本駅)付近の崖崩れ現場:1957年(昭和32年)
(電鉄80周年記念史より)

1949年(昭和24年)4月1日 路線変更 市立学校前〜亀井  同時に室園駅廃止 北熊本駅新設
なお、市立学校前から室園の線は室園の車庫が北熊本に移転する昭和39年まで
入庫線として存続した。
1950年(昭和25年)10月1日 開業 上熊本〜北熊本 3.5km
1952年6月22日:鶴屋百貨店開店 同年10月10日:大洋百貨店開店
1953年(昭和28年)6月26日 運休 上熊本〜藤崎宮前 熊本大水害
※特に被害が甚大となった上熊本〜藤崎宮前 2.1km 軌道線の復旧目処たたず
1953年6月26日:熊本県下豪雨により死者行方不明537人、負傷者1500人、県下被害総額830億円

冠水した電鉄本社周辺
(電鉄80周年記念史より)

倒壊した菊池川鉄橋と県道広瀬橋
(電鉄80周年記念史より)
1954年(昭和29年)6月1日 廃止 上熊本〜藤崎宮前 2.1km 軌道線
同路線は熊本市交通局へ譲渡。(熊本市電坪井線として1970年の廃止まで存続)
1954年10月1日:熊本市電坪井線 上熊本〜藤崎宮間4号系統開通
同年 10月1日 倉庫線熊本市電と共用開始(三軌条式)
1955年(昭和30年)10月18日 集電装置をポールからパンタグラフに変更
1956年1月15日:町村合併により隈府町が菊池市となる
1957年(昭和32年)7月26日 再び水害に襲われる 池田トンネル出入口が崖崩れ他地区橋脚流出など
1958年3月10日:関門国道トンネル開通


池田停留所(上熊本駅)付近の崖崩れ現場
(電鉄80周年記念史より)

1959年(昭和34年)10月1日 路線変更 御代志〜大池


合志川鉄橋を渡る「さよなら電車」東急5043+5044(1986年2月15日)
(電鉄80周年記念史より)

1964年(昭和39年)4月 北熊本車両工場 竣工(室園車庫より移転)
1964年4月1日:熊延鉄道、鉄道線廃止
1965年(昭和40年)7月19日 免許失効 隈府〜山鹿
1965年2月4日:山鹿温泉鉄道(鹿本鉄道)全線廃止
1965年2月21日:熊本市電川尻線7号系統廃止
1966年(昭和41年)7月6日 廃止 上熊本倉庫線
1967年6月28日:私鉄経営者協会は日本民営鉄道協会へ改称
1969年3月5日:熊本交通センターオープン
1970年(昭和45年)4月1日 九州縦貫自動車道交差に伴う仮保線敷工事着手(須屋〜黒石間)
1970年5月1日:熊本市電坪井線4号系統及び春日線廃止
1972年3月1日:熊本市電水道町〜子飼橋間1号系統廃止
1973年10月16日:九州縦貫自動車道 鳥栖〜熊本間開通
1975年3月10日:山陽新幹線 岡山〜博多間開通
1977年(昭和52年)4月1日 車扱貨物営業 菊池・泗水両駅の取扱廃止
同年 8月1日 国鉄貨車直通運転車扱貨物取扱廃止
1977年8月18日:国鉄 貨物取扱駅276駅の削減
1981年(昭和56年)8月11日 全国初の「ビール電車」を開始
その後島原鉄道・JR三角線でも実施され、テレビ・新聞でも大きく取り上げられる


納涼ビール電車
(電鉄80周年記念史より)

1984年(昭和59年)2月1日 鉄道国鉄連絡小荷物扱営業廃止
1985年8月12日:日航ジャンボ機尾巣鷹山墜落 死者520人
1986年(昭和61年)2月16日 廃止 御代志〜菊池 13.5km  ワンマン運転、列車無線使用開始
1986年4月1日:南阿蘇鉄道開業


合志川鉄橋を渡る「さよなら電車」東急5043+5044(1986年2月15日)
(電鉄80周年記念史より)

同年 6月30日 運休 堀川〜御代志 堀川橋流出
同年 12月20日 復航 堀川〜御代志
1987年4月1日:九州旅客鉄道発足(国鉄→JR)
1988年(昭和63年)1月11日 タブレット閉塞式から特殊自動閉塞式に変更
1988年4月10日:瀬戸大橋開通
2000年(平成12年)3月9日 線路移設の基本協定を締結(熊本電鉄・熊本県・西合志町)
西合志町須屋地区の国道387号改良事業に伴い、国道沿いの電鉄黒石駅と前後区間の線路を現在より最大で約百四十メートル東側に移設する。


着工前の黒石新駅付近 (1999年7月13日撮影)

同年 4月19日 黒石新線着工


工事中の黒石新駅付近 (2001年1月2日撮影)

2001年(平成13年)2月25日 黒石新線(黒石新駅と三ツ石新設駅)開業

 

明治中期から大正はじめにかけて

全国に数多くの軽便鉄道が創設された。

そのほとんどは電車変更に失敗したり

モーターリゼーションの波に押され消滅した。

熊本電鉄は

軽便鉄道生き残りの私鉄として

全国唯一つの会社である。

(電鉄80周年記念史より引用)

 

資料提供: 熊本電気鉄道・鉄道部
SAVAGE氏(補筆含む)
参考資料: 電鉄80周年記念史
  鉄道廃線跡を歩く2(JTBブックス)
  鉄道廃線跡を歩く5(JTBブックス)
日本のローカル私鉄(企画室ネコ)

 管理人 : dodongo 
※当ページはすべて個人の趣味で制作しております。
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